待ち行列理論を応用して高速コピー機の費用対効果を定量化する方法

2023年10月12日

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Aさん:「高性能マシンを導入して生産性を上げたいんです。」

班長:「今のままでいいんじゃないの?」

係長:「本当に効果あるの?」

課長:「オーバースペックなんじゃないの?」

 

Aさんは残業が嫌いなので。職場に高性能マシンを導入して何としてでも早く帰宅できるようになりたいと思っています。

でも高性能マシンは確かに高い。

どうすれば上司を説得できるでしょうか?

このような場面では「待ち行列理論」が役に立ちます。

以下、その使い方を高速コピー機を例にとって説明します。

 

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高速コピー機の高価格は正当化できるのか?

コピー機は、その印刷スピードにより様々なグレードの製品が用意されています。

どのグレードを選ぶかは、大抵の場合は月間の印刷枚数で決めていると思います。

でも本当にそれでいいのでしょうか?

 

次の表はその一例です。

業務用コピー機(複合機)のリース料金相場は4,000円~10,000円!から抜粋

 

例えば、月間平均で,000枚印刷する職場があったとします。

その場合の推奨グレードは、印刷スピードが30枚/分となっています。

仮にこの職場が1日8時間の月22日出勤、コピー機の稼働率が25%だったとすると、

5,000枚/月÷8時間/日÷22日/月÷0.25=114枚/時間

つまり、1時間に114枚コピーする需要があることになります。

これを15分間(1時間の25%)でコピーするには、約8枚/分のコピー速度があれば足りることになります。

8枚のうち同じ紙を複数枚コピーする割合がどれだけかは分かりませんが、30枚/分のグレードを選ぶ理由がはっきりとしません。

 

そこで次のようなケースを考えてみましょう。

Aさんは職場にある低速コピー機を高速コピー機に変えたいと思っています。

低速コピー機のリース代は確かに安いのですが、順番待ちしている人の人件費を考慮すると、かえって高くついているのではないかと考えているためです。

そこで課長に相談して、1か月間だけ高速コピー機をお試しでリースすることを了承してもらいました。

そして1か月間の平均データを取ったところ、次のようになりました。

 

さて、Aさんはこの結果からどのように費用対効果を説明すればよいでしょうか?

 

普通のやり方では費用対効果を定量化できない

まず、Aさんはこのように考えるでしょう。

 

6分間隔でスタッフがコピー機に到着する。

低速コピー機は4分でコピーが終了するが、高速コピー機では2分で終わる。

でも、次にスタッフがコピー機に到着するのは6分後なのだから、その間にコピーが終わればいいはずだ。

2分でコピーが終わっても、4分間はコピー機が遊ぶだけなのだから、4分で終わる低速コピー機でいいのではないか?

 

この論理でいくと、高速コピー機に変える費用対効果はゼロです。

しかし、Aさんは気づきます。

 

高速コピー機を使えばコピーをするのにかかる時間が半分になるのだから、コピー機を使っている間にかかる人件費は半減するはずだ。

6分間隔でスタッフがコピーしに来るのだから、1時間に10人がコピーしに来る。

低速コピー機だと、コピーに費やす合計時間は1時間で40分だ。

高速コピー機に変えれば、このうち20分が節約できる。

これを1か月の人件費に換算すると、

20分÷60分×1,500円/時間×5時間/日×22日/月=55,000円/月

だ。

 

しかし残念なことに、これでも低速コピー機と高速コピー機のリース代の差額である90,000円/月を賄えません

 

待ち行列理論で費用対効果を定量化する

ここでAさんは再び気づきます。

そうだ、順番待ちのスタッフがいる

と。

これはデータを見ているだけでは気づきません。

なぜなら、低速コピー機でも4分でコピーが終わるところ、コピーをしに来るスタッフは6分間隔で来るので、行列はできないように思えるからです。

しかし、コピーにかかる時間が4分というのはあくまで平均であって、2分の場合もあれば7分かかる場合もあるかもしれません。

また同じようにコピーをしに来る間隔が6分というのもあくまで平均であって、2分間隔で来る場合もあるかもしれないのです。

そのため、コピー速度がスタッフの到着速度に対して相当速くない限りは、コピー待ちの行列ができてしまうのです。

そして、この待ち時間を定量化するのに使えるのが「待ち行列理論」です。

 

これが定量化できれば、それに時給を掛けることで「コピーするためにかかるコスト」を求めることができます。

そして、それにコピー機のリース代を足せばトータルコストが分かりますので、低速コピー機と高速コピー機のトータルコストを比較できます。

ここでは次式で示すように、1時間当たりのトータルコストで比較してみましょう。

トータルコスト/時=コピーするためにかかるコスト/時+コピー機のリース代/時

=(行列の人数+コピーをしている人数)×1人当たりの時給+コピー機のリース代/時

=(系内に滞留する人数)×1人当たりの時給+コピー機のリース代/時

 

系内に滞留する人数を推定する        

上式の中で分かっていないのは、系内に滞留する人数だけです。

これを待ち行列理論で求めてみましょう。

コピー機は1台だけですので、この系における窓口の数は1になります。

また、スタッフが到着する間隔も、コピー機の処理時間もランダム、つまり指数分布に従うと考えられます。

このことは、スタッフが到着するスピードとコピー機の処理スピードが共にポアソン分布に従うといっているのと同じ意味です。

なぜなら、指数分布とポアソン分布は表裏の関係にあるからです。

指数分布を使ってロングテール商品の欠品による機会損失を推定する

 

これらのことから、この行列はM/M/1モデルになります。

M/M/1モデルにおける系に滞留する人数Lは、次式で計算できました。

L=ρ/(1-ρ)

【待ち行列|M/M/1モデル】5つの公式をわかりやすい言葉で解説します

 

但し、ρ=λ/μです。

 

このケースにおける到着率λ離脱率μは何になるでしょうか?

まず到着率λは、スタッフが平均6分間隔でコピーしに来るので、1時間当たり平均10人が来るはずですね。

ですので、λ=10人/時です。

離脱率μは、低速コピー機と高速コピー機で異なります。

低速コピー機は1人分のコピーにかかる時間が平均4分なので、1時間に15人分処理できるはずです。

ですので、μ=15人/時です。

同様の計算で、高速コピー機ではμ=30人/時です。

従って、低速コピー機を使う時のρは

ρ=λ/μ=10/15=2/3

高速コピー機を使う時のρは

ρ=10/30=1/3

になります。

 

これをLを求める式に代入することにより、低速コピー機を使う場合の系内に滞留する人数は、

L=ρ/(1-ρ)

=(2/3)/(1-2/3)

=2人

で計算できます。

 

同様にして、高速コピー機を使う場合に系内に滞留する人数は、

L=ρ/(1-ρ)

=(1/3)/(1-1/3)

=0.5人

と計算できます。

 

つまり、高速コピー機を使うことにより、系内に滞留する人数(=行列の人数+コピーをしている人の数)は.5人分減ることが分かります。

 

トータルコストを比較する

次に1時間当たりのトータルコストを計算するためには、1時間当たりのコピー機のリースコストを知る必要があります。

1か月当たりのリースコストは分かっていますので、これから1時間当たりのリースコストを求めます。

コピー機を使うのは1日5時間だけで、月22日稼働というデータから、低速コピー機の1時間当たりのリースコストは、

10,000円/月÷22日/月÷5時間/日=91円/時

となります。

同様に、高速コピー機を使う場合の1時間当たりのリースコストは、

100,000円/月÷22日/月÷5時間/日=910円/時

です。

従って、低速コピー機を使う場合と高速コピー機を使う場合、それぞれのトータルコストは次のように計算できます。

 

【低速コピー機使用時】

トータルコスト/時=系内に滞留する人数×1人当たりの時給+コピー機のリース代/時

=2人×1,500円/時・人+91円/時

,091円/時

 

【高速コピー機使用時】

トータルコスト/時=系内に滞留する人数×1人当たりの時給+コピー機のリース代/時

=0.5人×1,500円/時・人+910円/時

,660円/時

 

これで、高速コピー機に変えた方がトータルコストは遥かに低くなることが証明できました。

 

最後に

トータルコストの計算式をよく見ると、

トータルコスト=待ちコスト+サーバーコスト

というように一般化できることが分かります。

待ちコストとは、待つことによって生じる機会損失ともいえます。

サーバーコストとは、処理を行うサーバーを設置するのに生じるコストです。

今回の例では、コピー機が処理を行うサーバーになります。

 

これら2つのコストは、片方が増加すると、もう片方が減少するというトレードオフの関係にあります。

このうち、待ちコストは確率的な現象で生じるコストで定量化が難しいです。

待ち行列理論はこれを定量化するのに便利な道具です。

 

 

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