【吸収マルコフ連鎖】2か月遅延の売掛金が回収不能になる確率は?
某物流会社のミャンマー現地法人は、売掛金の回収に悩んでいます。
顧客には一律2か月の与信を与えていますが、期日通りに支払ってくれる顧客は半分しかいません。
支払い遅延の顧客に対しては、催促することで期日1か月後に回収できる確率は60%に上がります。
それでも遅延する顧客に対しては、更に支払い催促することで、その後1か月間に回収できる確率は70%になります。
更に遅延する顧客に対しては、更に支払い催促することで、その後1か月間に回収できる確率は60%に下がります。
それでも回収できない場合には貸倒引当金に計上しています。
この会社では、2か月回収が遅延している売掛金が貸倒引当金に計上される確率は何%でしょうか?
状態遷移図で表現する
新たに売上が立って(新規)、その売掛金が期日通りに回収できる確率は50%です。
回収できなかった売掛金は1か月遅延になります。(確率50%)
そしてこの1か月遅延の売掛金は、経理担当者が支払い催促をすることにより、次の1か月の間に回収できる確率は60%に上がります。
一方で、回収できなかった売掛金は2か月遅延になります。(確率40%)
更にこの2か月遅延の売掛金は、経理担当者が更に強い支払い催促をすることにより、次の1か月の間に回収できる確率は70%に上がります。
一方で、回収できなかった売掛金は3か月遅延になります。(確率30%)
ここまで遅延すると経理担当者も焦ってきて顧客に押しかけて必死に回収しようと試みますが、ここまで引っ張る顧客はそもそも支払う気がなく、回収できる確率は60%に低下します。
そして回収できなかった売掛金は回収不能として諦めます。(確率40%)
以上、太字で書いた箇所を状態と考えると、次のような状態遷移図で表すことができます。
吸収マルコフ連鎖とは?
この状態遷移図でPは回収(Paid)、Wは貸倒(Written off)の状態を表しています。
回収には0(新規)、1(1か月遅延)、2(2か月遅延)、3(3か月遅延)の状態から遷移してきますが、一旦、回収の状態に来るとそこから他へ遷移することはありません。
このような状態を吸収状態(absorbing state)といいます。
またこのマルコフ連鎖ではWも吸収状態です。
3か月遅延の状態から40%の確率でW(貸倒)の状態に遷移してきますが、一旦、Wに来たら貸倒決定で、他の状態に遷移することはないからです。
これに対して0~3の状態は他の状態に遷移する可能性があるため吸収状態ではありませんが、PまたはWに遷移する可能性があり、そうすると二度と戻ってこれないため「一時的(Transient)」な状態です。
一時的な状態については下記の記事でも解説しています。
マルコフ連鎖が不変分布に収束するための条件を図でわかりやすく解説
そして、このように一時的な状態と吸収状態のみから構成されるマルコフ連鎖を吸収マルコフ連鎖(absorbing markov chain)といいます。
吸収マルコフ連鎖の遷移確率行列
次にこの吸収マルコフ連鎖の遷移確率行列を書いてみましょう。
ある状態からある状態への遷移確率をすべて行列形式で記述するだけですが、状態を記述する順番を「一時的な状態」を先に書き、「吸収状態」を後に書くようにします。
すると次のようになります。
そして、この行列を「一時的な状態」と「吸収状態」で区切って4分割してみます。
部分行列Qは「一時的な状態」から「一時的な状態」への遷移確率行列、部分行列Rは「一時的な状態」から「吸収状態」への遷移確率行列、そして下にはゼロ行列と単位行列ができます。
吸収状態に行き着く確率は?
なぜこのように部分行列に分けるのかというと、このように分けた部分行列を使ってある「一時的な状態」からある「吸収状態」に遷移する確率を求めることができるからです。
それは
(Ⅰ-Q)-1R
を計算することにより求められます。
これで計算された行列の(i,j)成分が、「一時的な状態」iから「吸収状態」jへ遷移する確率となるのです。
回収不能になる確率は?
それではこの定理を使って冒頭の問題を解いていきましょう。
ですから、
を計算します。
これはExcelで次のように計算できます。
計算された(Ⅰ-Q)-1Rの各成分は次のような意味になります。
例えば(1,1)成分は、新規の売掛金が最終的に回収される確率が97.6%であることを示しています。
同様に、売掛金が滞留して1か月遅延すると、回収できる確率は95.2%に下がり、2か月遅延すると88%、3か月遅延すると60%にまで下がることを示しています。
知りたいのは、2か月回収が遅延している売掛金が貸倒引当金に計上される確率ですので、12%ということになります。