トラックの制動距離が荷物が重いほど長くなる理由は「慣性モーメント」

2024年3月8日

トラックがブレーキをかけてから停止するまでの距離は、空走距離制動距離に分けられます。

空走距離は、ドライバーが危険を察知してからブレーキが効き始めるまでに走る距離です。

ドライバーの反射神経次第と言えます。

これに対して制動距離はブレーキをかけてから停止するまでの距離で、タイヤと路面との間の摩擦係数速度が関係してきます。

 

しかし一説には、トラックの自重積載重量によっても変わってくるとする説もあります。

実際のところはどうなのでしょうか?

物理的に考察してみましょう。

 

エネルギー保存則によると荷物の重さは関係ない

物体に力を加えて動かした時、力は物体に対して仕事をしたと言います。

例えば、地面に置いてあった1kgの物体を、1mの高さに持ち上げると、仕事をしたことになります。

定量的には、1kg重の力で、1kg重・mの仕事をしたと言います。

また物体の持つ位置エネルギーが1kg重・m増えたとも言います。

 

kg重とは聞きなれない単位ですが、1kg質量の物体に作用する重力のことです。

質量とは、物体が地球上や宇宙上のどこであっても変化しない、重力の影響を除いた物体そのものの量の事です。

1kgの質量は地球上でも月面上でも同じですが、重力は地球上の方が大きくなります。

 

一方、質量mの物体が速度vで動いている時、½mv2運動エネルギーをもっています。

 

この位置エネルギーと運動エネルギーを足したものは変わらないというのがエネルギー保存則です。

>> 【力学を知れば世界が見える!】摩擦力/仕事/エネルギーの関係をわかりやすく解説

これを利用すると、速度vで走っているトラックが持つ運動エネルギーと、ブレーキをかけて停止した後のトラックが持つ位置エネルギーが等しくなりますので、次の式が成り立ちます。

½mv2=μmgL

μ:タイヤと路面の摩擦係数

L:制動距離(m)

m:トラックの質量(kg)

v:トラックの速度(m/s)

g:重力加速度(9.8m/s2

 

そしてこれを変形して、Lについて解くと

L=(½mv2)÷(μmgL)

=(½v2)÷/(μgL)

=v2/2μg

となります。

 

この式では速度の単位がm/sになっていますが、速度メーターはkm/hrですので、単位はkmやhrに統一しておきましょう。

 

重力加速度(9.8m/s2)の単位をkm/hr2に変換すると、

1km/hr2=1,000m/(3,600s×3,600s)

=(1/12,960) m/s2

つまり、

g=9.8 m/s2=(9.8/12960) km/hr2

となります。

 

すると先ほどの式は次のようになります。

L=v2/2μ(9.8/12960)

この時、Lとvの単位はぞれぞれkmkm/hrです。

 

Lの単位をmにすると、

L=v2/2μ(9.8/12960)×1000=v2/254μ

となります。

 

これがトラック業界でよく言われている

制動距離は、車の速度の2乗÷(254×摩擦係数)である

の根拠になっています。

 

この式には摩擦係数が入っていますので、雨の日に走っていたり、摩耗したタイヤで入っていたら制動距離が伸びることはわかります。

しかし、この式にはトラックの自重や積載貨物の重さは何も入っていません

では、なぜ物流業界では大型トラックや貨物が重いと制動距離が伸びると、まことしやかに言われているのでしょうか?

 

制動距離には慣性モーメントが影響する

バスや電車に乗っている時、急ブレーキをかけられた経験はありませんか?

体が前の方につんのめりますよね。

これは等速で動いている物体は、外から力を受けなければ、そのままの等速直線運動を続けようとするからです。

 

次に、アニメなどで、車が急ブレーキをかけた瞬間、このようになるシーンを見たことはありませんか?

 

大体みんな、このように前輪を中心に前につんのめりますね。

これは慣性モーメントが働くからです。

 

先ほどの慣性力との違いは、モーメントと言って回転慣性力が働くことです。

回転の中心は前輪の接地点になります。

このモーメントは中心からの距離が長いほど、また質量が大きいほど大きくなります。

野球やゴルフをやる人でしたら、長く重いバットやクラブであるほど、芯に当たれば飛ぶが、うまく当てるのは難しいことがわかると思います。

芯に当たれば飛ぶというのは、一旦うまく回転すれば強い慣性モーメントを得られるため、そしてうまく当てるのが難しいというのは、モーメントが大きいためコントロールするのが難しいためです。

 

トラックの方が乗用車より慣性モーメントの影響が大きい

これを、乗用車とトラックの急ブレーキをかけた瞬間に当てはめてみましょう。

乗用車の場合は、重心が低いため、中心(前輪の接地点)からの角度が小さくなります。

その結果、半径に対して垂直に働く力(回転方向の力)が小さくなります。

モーメントは中心からの距離に、回転方向の力をかけたものですので、モーメントは小さくなります。

また、乗用車の重量も小さいため、更にモーメントは小さくなります。

 

対してトラックの場合は、重心が上にあるため、回転方向の力の成分が大きくなります。

また、重量も大きいため、ますますモーメントは大きくなります。

 

その結果何が起こるかというと、前輪に負荷がかかり、後輪の負荷は軽くなります。

トラックのように前輪に負荷がかかりすぎると、摩擦係数の限界を超えることもあり得ます。

そうすると、滑り出しちゃいますね。

 

一方、後輪は余裕があり、期待通りの摩擦力を発揮しません。

その結果、制動距離が伸びてしまうのです。

 

では、トラックの制動距離はどのように計算するか?

これは難しいです。

貨物の積み方によって重心は変わりますし、摩擦の限界を超える瞬間がどれくらいかも状況によって変わってくるためです。

 

ただ、杓子定規に

エネルギー保存則によると、トラックの重量や貨物の重量は制動距離に関係がない

と言い切れないことは確かで、物理法則を持ち出すのなら、慣性モーメントも考慮すべきでしょう。

トラックドライバーの感覚は正しいと思います。