【安全在庫の計算式】標準偏差と安全係数から計算する式をわかりやすく

2024年3月16日

安全在庫という言葉は有名ですが、人によって定義はマチマチです。

また標準偏差を使った計算方法が知られていますが、なぜそういう計算式になるのかまで理解している人は多くありません。

ここでは、本当の安全在庫の役割と計算方法について、例を使いながらわかりやすく解説してみます。

正しい計算方法が分かれば、一日平均1,000個売れる商品よりも、100個しか売れない商品の方が安全在庫が多く必要になることも十分にあり得ることが分かります。

 

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人によって定義が異なる安全在庫

平均在庫という誤解

我が社の安全在庫は一か月分です。

よく聞く会話ですね。

この会社の財務データを見てみましょう。

先月の売上高が1億円、月末の製品在庫の金額が1億円、確かに製品全体では在庫が一か月分あるようです。

しかし、これは月末の在庫が一か月分あると言っているにすぎません。

仮に、月末在庫と月平均在庫が等しいとしても、大体いつも一か月分の在庫を持っているということです。

つまり、これは平均在庫です。

 

最大在庫という誤解

また次によく聞くのは、

我が社は安全在庫が一か月分になるように在庫を補充しています。

という会話です。

ある製品の一か月の売上個数が1万個の場合、在庫が減ってきた時点で在庫が1万個になるように補充するということです。

これは在庫の補充目標量(ほぼ最大在庫量)のことを言っていて、安全在庫とは別物です。

 

このように安全在庫はいろいろな文脈で使われるのですが、正しい定義は何でしょうか?

 

安全在庫の役割り

まず、なぜ在庫を持つのか?在庫の役割について考えてみます。

あなたがコンビニのオーナーで、缶コーヒーAを毎日いくつ在庫しておけばよいかを考えているとします。

売れる個数は毎日変わり、明日何本売れるかは分かりません。

でも過去一か月分の売上データを見ると、一日平均10本売れていました。

一番売れた日は20本、売れなかった日は2本でした。

なんとなくですが、20本くらい在庫しておけば、日々の売上の変動を吸収できて良さそうな感じがしますね。

 

次に、今度はあなたがとある山間部にある小さな商店のオーナーで、缶コーヒーAを毎日いくつ在庫しておけばよいかを考えているとします。

過去一か月の売上本数は、さきほどのコンビニと同じとします。

この時、あなたが20本しか在庫していなければ、きっと欠品を起こすことでしょう。

なぜなら、ここは山間部で週に2日しか問屋さんが配達してくれないからです。

 

週に2日ということは、在庫が足りなくなっても最大4日間待たなくてはいけません。

その4日間分の在庫は別に持っておかなければならないのです。

この場合、1日平均10本売れますので、40本を先ほどの20本に足して、合計60本の在庫を持っておく必要があります。

 

ここで、20本を安全在庫、40本を需要予測在庫と呼んでいます。

つまり、安全在庫の正しい定義は「需要(売上)の変動を吸収するための在庫」となります。

対して、需要予測在庫の定義は「注文しようとしてから配達されるまでの期間の需要をまかなう在庫」となります。

そして、この2つを足したものが、

「我が社は安全在庫が一か月分になるように在庫を補充しています。」

で言っている自称安全在庫になります。

正確には、在庫補充目標量と言うべきでしょう。

 

それでは先に出てきた

「我が社の安全在庫は一か月分です。」

で出てきた在庫量は何と呼べばよいのでしょうか?

 

在庫補充目標量 = 安全在庫 + 需要予測在庫

でしたね。

この補充目標量というのは、そこを目指して注文するわけですので、最大在庫量とも言うことができます。

(実際には補充目標量を目指して注文しても、配達されるまでの間に商品が売れれば、配達された時点での在庫は補充目標量より少なくなりますので、ここまでの在庫量になる確率は極めて低くなります)

そして、配達される直前の在庫が最小在庫量となりますので、実際の在庫量はこの間で変化します。

つまり在庫量は日々変化しますが、その平均在庫量

「我が社の安全在庫は一か月分です。」

で言っている在庫のことです。

まとめると、こうなります。

 

安全在庫を標準偏差と安全係数から計算する

過去の最大需要量では不足

ここまでで、安全在庫は「需要(売上)の変動を吸収するための在庫」だということが分かりました。

次に、どうやって計算するかを説明するために、簡単な例を挙げます。

 

これはある商品の4/1から4/30までの売上個数をまとめたデータです。

5/1からの1か月間、安全在庫をどのくらい持っておけばよいかという問題です。

 

30日間の売上個数の平均を求めると636になります。

安全在庫は需要の変動を吸収するための在庫ですから。636では当然不足です。

 

それでは30日間で最も多く売り上げた日の個数1,636ではどうでしょうか?

一見、これだけ在庫しておけば十分のような気がします。

しかし、今後一か月を考えると、もっと多い売上の日があるかもしれません。

でも過去データにある最も多い売上は1,636です。

これ以上の在庫を持っておくとしても、どれだけ持っておけばいいのか想像もつきません。

 

標準偏差の倍数で表す

この悩みに答えてくれるのが統計です。

 

引用:情報処理技法(統計解析)第7回

 

このグラフは、日本の成人男性/女性の体重分布を示しています。

これから分かるように、男性/女性の分布ともに釣鐘状になっています。

これは正規分布と呼ばれ、世の中の多くの事象はこれに従うと言われています。

 

さて両分布とも正規分布なのですが、男性の方が山がつぶれたような形になっています。

これは言い方を変えると、男性の体重の方がばらつきが大きいとも言えます。

そしてこのばらつきこそが、正規分布の形を特徴付ける唯一の要素で、これを標準偏差というパラメータで表現します。

標準偏差がばらつきを表すのに丁度いい理由をわかりやすく解説します。

例えば、下図のようにばらつきの異なる2つの分布を考えましょう。

引用:ばらつきと工程能力

 

2つの分布の標準偏差を計算すると、青の分布は1、赤の分布は2となります。

この数字が何を意味するかと言いますと、下図を見て下さい。

ここでは標準偏差をσという記号で表しています。

このσは今後頻繁に出てきますので覚えておいて下さい。

引用:ばらつきと工程能力

 

ザックリ言いますと、標準偏差は山の頂上からおよそ1/3くらい下った位置にあります。

ですので、ばらつきが大きい(山がつぶれている)ほど標準偏差は山の頂上から離れていきます。

また、標準偏差で囲まれた部分は、山全体の約68%が含まれるという性質があります。

【標準偏差を使えば確率が分かる】標準正規分布表の使い方をわかりやすく解説

そしてありがたいことに、標準偏差はエクセルで平均を計算するように簡単に計算できます。

(平均はAVERAGE関数で計算できるのに対して、標準偏差はSTDEV関数で計算できます)

つまり、エクセルで標準偏差を計算すれば、その数字の大きさでばらつきの大きさを測れるのです。

 

ここで先ほどの4月の売上データの平均と標準偏差を求めておきましょう。

まず平均は下図のように求められます。

クリックすると拡大します

 

そして標準偏差は下図のように求めます。

クリックすると拡大します

関数の内容を変えればよいだけなので簡単ですね。

 

ここまでで次のことが分かります。

 

安全係数とは?

更に標準偏差にはもう一つ重要な性質があります。

山の頂上から標準偏差で囲まれた部分は全体の68%でしたが、標準偏差の2倍で囲まれた部分は95%標準偏差の3倍で囲まれた部分は99.7%になります。

引用:情報処理|第5回連続確率分布

 

ですので、4月の売上の例ですと下図のようになります。

山の左側がマイナスにまで広がっていますが、ここでは無視しておいて下さい。

 

このように標準偏差の何倍ということを表す倍数のことを安全係数といいます。

従って、安全在庫は標準偏差×安全係数で計算できます。

 

絶対に欠品しない安全在庫は存在しない

さてこの図から平均から標準偏差の3倍、つまり636+358*3=1,710個の在庫を持っておけば、ほぼ欠品しないだろうことが想像できますね。

でも100%欠品しないとは言えません

統計的には欠品する確率は0.15%あります。

なぜなら、3σでカバーされるのが山の内側99.7%ですので、外側の0.3%はカバーされません。

そのうち右側だけだと0.15%です。

 

つまり1,710個以上売れる日があって欠品になる確率は0.15%というわけです。

これを「許容欠品率0.15%の前提では、在庫は1,710個持っておけば大丈夫」と言い表します。

 

ここで少しややこしいのですが、1,710個は安全在庫ではありません。

これは

在庫補充目標量 = 安全在庫 + 需要予測在庫

の式でいうと、在庫補充目標量になります。

この場合、安全在庫は1,074個、需要予測在庫が636個になります。

つまり、こういうことです。

 

なぜでしょうか?

普通は、注文しようと思ってから即注文して、即配達されることはありません。

注文しようと思ってから、配達されるまでに最低1日はかかると考えるのが妥当です。

この場合、需要予測在庫は1日分です。

つまり1,710個の中には需要予測在庫も含まれています。

一日の売上の平均は636個でしたね。

ということは、1,710個のうち646個は需要予測在庫で、残り1,074個が安全在庫ということになります。

安全在庫は「需要の変動を吸収する在庫」ですので、それはすなわち標準偏差の3倍の在庫を持つことによって売上の変動を吸収していることになるのです。

 

ちなみに2σでカバーされるのは山の内側95%ですので、外側のカバーされない部分は5%です。

右側だけだと2.5%になりますので、636+358*2=1,352以上の売上があって欠品する確率は2.5%です。

つまりこの場合は、「許容欠品率2.5%の前提では、在庫は1,352個持っておけば大丈夫」ということです。

そして、需要在庫は636個、安全在庫は716個(=標準偏差の2倍)になります。

 

では、100%欠品しない在庫は何個になるのでしょうか?

それは無限大、つまりそんな無茶なことは言うなということです。

以上が、統計的に安全在庫を求める方法になります。

 

まとめ

安全在庫は需要の変動を吸収するための在庫です。

将来の需要変動を完璧に予測することは神様にしかできませんので、過去データから計算するしかありません。

 

過去データから需要の変動、つまりばらつきを数字で表すには標準偏差を使います。

標準偏差はエクセルのSTDEV関数で簡単に計算でき、平均を意味する山の頂上から両側に標準偏差(σ)分の幅を取ると、その内側には全データの68%が入ります。

 

同じように平均から両側に2σ分を取ると、その内側には全データの95%が入ります。

データが外側に入ってしまう確率は5%ですが、右側だけを考えると2.5%です。

つまり、平均+標準偏差の2倍の在庫を持っておけば、それより多くの売上があって欠品になってしまう確率は2.5%になります。

そして、平均の部分が需要予測在庫、標準偏差の2倍の部分が安全在庫になります。

 

これを言い換えると、許容欠品率2.5%の前提での安全在庫は、標準偏差の2倍で計算できるということになります。

それでは許容欠品率1%の場合の安全在庫はどのように計算できるでしょうか?

標準偏差の2倍の安全在庫で欠品する確率は2.5%

標準偏差の3倍の安全在庫で欠品する確率は0.15%

でしたから、この間に

標準偏差のy倍の安全在庫で欠品する確率は1%

というがありそうです。

 

この安全係数と呼ばれ、二通りの求め方があります。

安全在庫の計算に必要な安全係数の二通りの求め方をわかりやすく解説!

いずれの方法でも、許容欠品率1%の安全係数は2.33ということが分かります。

言い換えると、標準偏差の2.33倍の安全在庫を持っておけば、欠品する確率は1%と言うことができます。

 

以上が安全在庫の計算方法の基本になります。

過去データから平均と標準偏差を求めた後、自社の許容欠品率に応じて安全係数を上表から求めて、

安全在庫=標準偏差*安全係数

で計算することができます。

簡単ですね。

 

しかしいままでの例では、注文しようと思ってから翌日に商品が届くことを前提としていました。

実際にはもっと日数がかかることが多いはずです。

その場合の安全在庫はどのように計算するのでしょうか?

 

こちらの記事で拡張編を解説しています。

適正在庫を維持するための発注数の決め方をわかりやすく【定期発注方式の場合】

 

最後に、

「体重の分布は正規分布に従うかもしれないけど、需要も本当に正規分布になるの?」

とか

「うちの需要は正規分布になってないよ」

という人は、こちらを参照して下さい。

消費の合計である需要は正規分布になることを中心極限定理で説明する

モンテカルロ法で需要が正規分布になることを示すやり方をExcelで実演