拠点集約したのに在庫が減らない原因は共分散。その対策は平準化
「在庫拠点を集約しましょう!安全在庫が減ってコスト削減になります!」
物流会社やコンサルティング会社の常套句です。
提案書を見ると、安全在庫の計算式や分散の加法性など理論的な裏付けが書いてあります。
物流拠点集約で安全在庫はどれくらい減るのか?は一概には言えない理由
分散の加法性で安全在庫が削減されることをモンテカルロシミュレーション
荷主も倉庫を集約すれば在庫が減りそうだという感覚を持っているため、理論がよく分からなくても分かった振りをします。
でも清水の舞台から飛び降りる思いで巨額のプロジェクトにGoサインを出したのに、安全在庫は思ったように減りません。
なぜでしょうか?
実は、分散の加法性には「確率変数が互いに独立であること」という重要な前提条件があります。
在庫集約のケースでいうと、
「異なる倉庫に在庫してある同じ商品の需要傾向には、全く相関がない」
ということです。
物流会社もコンサルティング会社も、無知なのか、はたまた故意なのか、この前提条件を省きます。
そこで、この前提条件がどれくらいのインパクトを持つのかを実験してみます。
拠点集約前後で分散の加法性は成り立たない
2つの在庫拠点を集約するケースを想定します。
それぞれの拠点における、商品Aの過去1か月の出荷数は下記のようでした。
集約拠点の数量は拠点1と2の数量を単純に足し合わせた数字になっています。
拠点1、拠点2、集約拠点のそれぞれについて、販売数の平均、標準偏差、分散を計算すると次のようになります。
分散の加法性が成り立っているかを見てみましょう。
拠点1の分散と拠点2の分散を足すと
25,926,767 + 13,780,086 = 39,706,853
です。
集約拠点の分散は69,356,069なので、全然成り立っていませんね。
差が29,649,215もあります。
分散の加法性が成り立たない原因は共分散
そこで、共分散と相関係数を計算してみましょう。
計算方法については、こちらを参照して下さい。
https://rikei-logistics.com/post-2729
拠点1と2の共分散は14,824,608、相関係数は0.78になりました。
ここで次式が成り立ちます。
拠点1の分散+拠点2の分散+拠点1と2の共分散×2
=25,926,767+13,780,086+14,824,608×2
=69,356,069
=集約拠点の分散
つまり、先ほど分散の加法性が成り立たなかった時の差29,649,215は、共分散のちょうど2倍です。
共分散がゼロだと分散の加法性は成り立ちますが、共分散がゼロでない場合は成り立たないのです。
共分散は出荷傾向の相関を表す
では共分散とは何者でしょうか?
相関|回帰|分散|共分散|標準偏差の関係をまとめて直観的に理解する
で解説したように、
共分散=拠点1の標準偏差×拠点2の標準偏差×相関係数
=√拠点1の分散×√拠点2の分散×相関係数
です。
つまり、相関係数に比例します。
このデータでは相関係数が0.78と比較的大きいので共分散が大きくなり、分散の加法性から大きくずれてしまうのです。
相関係数が大きいということは、両拠点における商品Aの出荷パターンが似ているということです。
端的にいうと、よく出荷される曜日とあまり出荷されない曜日が同じということです。
データを見てみると、確かにその傾向がありますね。
このような場合は、拠点を集約しても安全在庫はほとんど減りません。
次に、両拠点の出荷パターンに相関がほとんどないケースを見てみましょう。
先ほどと同じように統計量を計算してみます。
相関係数が0.19ですから、相関があるとはいえません。
分散の加法性が成り立っているかを調べるために、両拠点の分散を足してみると
25,926,767 + 8,758,780 = 34,685,547
です。
集約拠点の分散はこれより少し大きな40,457,049になっていますが、先ほどのケースよりは小さい差になっています。
このように、両拠点での出荷パターンの相関が低ければ、分散の加法性からのずれはマシになります。
安全在庫はそこそこ減ります。
出荷傾向が負の相関なら劇的に在庫削減
次に、両拠点の出荷パターンが負の相関を持つケースを見てみましょう。
拠点1では平日によく出荷されるが、拠点2では土日によく出荷されるようなケースです。
統計量を計算すると次のようになります。
相関係数が負の-0.32になっています。
分散の加法性を調べてみましょう。
両拠点の分散を足すと、
25,926,767 + 13,780,086 = 39,706,853
です。
一方、集約拠点の分散は27,790,940ですから、逆に小さくなっています。
これは何を意味するかというと、集約前の拠点で出荷パターンが逆の場合は、集約すると物凄く在庫削減されるということです。
共分散を小さくする対策は平準化
以上をまとめると次のようになります。
- 集約前の出荷パターンが似ている商品は、集約しても安全在庫の削減効果は限定的
- 集約前の出荷パターンに全く相関がない(相関係数=0)商品は、集約すると分散の加法性に従って安全在庫が削減される
- 集約前の出荷パターンが逆(相関係数<0)の商品は、集約すると安全在庫が劇的に削減される
「なら、いろんな商品があるから差し引きゼロだね」
と考えてはいけません。
これは同じ商品でのお話しです。
同じ商品が複数の拠点に在庫されている場合に、それらを1拠点に在庫したら安全在庫が削減されるかどうかという話しです。
同じ商品でも地域によって出荷パターンが完全に異なる場合は、在庫集約すれば安全在庫は分散の加法性に従って削減されます。
でも、そんなケースは少ないのではないでしょうか?
同じ商品なら、地域が違っても出荷パターンが似ていることの方が多いと思います。
なので、在庫集約しても期待通りの在庫削減効果が得られないことが多いのです。
「もう多額の資金をつぎ込んで拠点集約をしてしまった。ドブに捨てた金は戻ってこないのか?」
そんなことはありません。
3つめの事例で示したように、同じ商品でも出荷パターンが逆になると安全在庫は劇的に削減されます。
これを利用しない手はありません。
これは出荷量を平準化することとイコールです。
普通にしていたら出荷パターンは似てしまいますが、変えてもらえるよう取引先と交渉してみてはいかがでしょうか?
取引先が最終消費者でなければ、取引先は在庫を持って在庫コントロールをしているはずです。
今まで月曜日と木曜日の週2回納品だったところを、火曜日と金曜日に変えてもらうというような交渉を一つひとつしていけば、出荷パターンを平準化できます。
この平準化は、在庫を集約した方がやり易くなります。
在庫集約による安全在庫削減は、この平準化による効果の方が大きいかもしれません。
それともう一つ。
今まで安全在庫の話しをしてきましたが、在庫は安全在庫だけではありません。
需要予測在庫もあります。
量が多いため、需要予測在庫の方が重要とも言えます。
是非、こちらもご覧下さい。
拠点集約で在庫削減するために一番重要なのは調達リードタイムである理由